最後の時


ある日、不意にルパンが消えた。
仲間全員を引き連れて。
小さなボートに乗って。
どこかを目指して出発した。
追いかけていた俺の目の前で。
海の藻屑と消えた。
どんなトリックを使ったのか。
やつの姿はようとして知れなかった。
だが・・・

浜辺に流れ着いたのは、やつの仲間たち。
付近の島々に、それぞればらばらになって流れ着く。
傷つき流れ着いたもの。
膨れ上がったどろりとした体。
数々の宝石をちりばめた指。
そんなものがボートの破片とともに流れ着く。
拾い集めるのが俺の仕事。
傷ついて、それでも息のある体を拾い上げる。

それは俺へのいままでの謝罪だろうか。
俺は欲しかったものを手に入れることができた。
ベットに上に横たわる体。
これはずっと俺の欲しかったものだった。

次元はなかなか目覚めなかった。
怪我がひどかったせいもあり、衰弱していたのだろう。
何日か過ぎて・・・
やっと目覚めた彼は、俺という名の現実と対面した。
何があったのかを告げる俺の言葉に彼は絶句し・・・・
絶望した。
幾度も自らの命を断ち切ろうとした。
だが、それは俺の望むところではなかった。
俺は次元に生きていて欲しかった。
ずっとこの男を欲していたのだから。
彼の絶望は、あの男の不在にある。
だから、俺はあの男がいるかのように、さまざまな情報を彼の前に差し出した。
ちんけなこそ泥の仕事だろうが、ただの拙い強盗だろうが、それがあたかもすばらしい完全犯罪だったかのように・・・
あの男ならばできるであろう仕事のように見せかけ・・・
彼の前に差し出した。
食い入るように新聞やテレビを見つめている彼。
その姿に俺は満足する。
その瞳の中に、‘死‘の一文字が見えなことに安堵する。
彼はルパンが自分を残して死ぬはずがないという信念にも似た考えに凝り固まっているのだ。
彼はルパンのもののような盗みや犯罪を探している。
たとえどんなちゃっちなものでも、その犯人が捕まらなければ、それはルパンの仕業だと・・・思いこもうとしている。
だから俺はわざと、それがどんなすばらしい犯罪だったかをたたえるのだ。
・・・・たとえそれがうそであっても、彼はそれ喜ぶ。
そして夢見るのだ、いつかルパンが自分を迎えに来ることを。
そんなことはあるわけがない。
だが、ないとは言い切れなかった。
次元と一緒に見つかった死体のDNA鑑定は出ている。男性・・・
だが、あの時、次元と一緒に船に乗っていたのはルパンと五右衛門と二人いる。
どちらもその当人を判断するための要素がまるでない。
身内の人間もいなければ、復顔法も役に立たない。
誰もやつらの本当の顔を知らないからだ・・・・

病院を退院した次元を俺は引き取った。
彼が生きているとは、警察内部のものには一切知らせず。
壊死し切り落とした、腐りきった両腕を見せ、彼は死んだと言い張った。
あらゆる犯罪を行い、神業とも言える狙撃主であった次元。
両の腕をなくした彼に存在価値はない。
彼に恨みを持つものから守るために、俺はともに暮らしている。
俺の膝に頭を乗せながら、次元はじっとテレビを見ている。
柔らかな髪を撫でてやっても、文句は言わない。
それどころか、体をこすり付けてくる。
それはおそらく・・・ずっとあの男にもしてきた行為なのだろう。
無意識のうちに・・・庇護を求めているのだろう・・・
・・・・・可愛いやつだ・・・
俺はやつとの二人っきりの生活に満足していた。
もうこれ以上の出世を望むつもりもない。かつてのように、がむしゃらに犯罪者を追う気もなくなっていた。
毎日デスクワークだけですごし、危険な現場に出て行くこともなくなっている。
残業もめったにせず、五時になれば、まるでデートにいそしむOLのように、そそくさと机を片付け署を飛び出した。
次元はおとなしく家で待っている。
ベット上やソファの上で、テレビとラジオをつけたまま、じっと見て・・・・
かってきた弁当を俺の膝の上で食べる。
口をあけ、俺が飯を入れてくれるのを待っている。
未だに排泄を見られるのは恥ずかしいのか、顔を背けるが、それ以外は従順でいい子になっていた。
俺はそんなやつと一緒に毎日を過ごすのが楽しかった。
そんなある日のことだった。

「警部・・ちょっと」

かつての俺の部下の一人がそっと俺の前に立ち声を潜める。

「なんだ?」

やつはちらちらと辺りを見回し、誰もいないのを確認してから手に持っていた報告書を俺に差し出した。

「・・・?」

ばらりとめくり中を見る。
急に世界が暗転した気がした。
一瞬だが、俺は明らかに闇の中に落ちて言った。

「・・警部・・」

言葉を失い、血の気の引いた俺を見て、部下が心配そうに声をかけてくる。
その声でやっと俺は覚醒した。

「・・・・・これは・・・・」
「おとといの事件です」
「・・わしの耳には入っていなかった・・・」
「ええ・・・あまりにも・・信じられない話なので、秘密裏に調査をしているところなんです」
「そうか・・」
「・・・彼は・・死んだ・・・違うのですか?」
「・・・・・」

その報告書に書かれているのは、ある殺人事件だった。
夜中の誰も通らないような細い道で、その男は殺されていた。
車に乗ったまま、車ごと、真っ二つに切られて・・・・
こんなことが出来る男を俺は一人しか知らない。
そして、誰もがそれをできる男は一人だけだというはずだった。

「・・・・・わかった・・・俺が調べる」
「・・しかし・・警部・・・」
「もしやつが生きているのなら・・・これは俺が調べるべきことだ」
「・・・・はい」

部課はじっと俺の顔を見ながら、頷いた。
そうだ、これは俺の調べることだ。ルパン専任捜査官であった俺が・・・・
やつらのことなら、何でも知っているはずの俺が調べることだ。
部下が、その書類を置いて、一礼して部屋を出て行く。
じっくりとその書類を吟味する。
どう見ていても、その書類は一人の男の名前を告げていた。

「く・・っ・・・くく・・」

いつの間にか、俺は笑い出していた。
始めは小さく、そしてじきに大きく、こらえきれずに笑い続けた。

「あっ・・ははは・・生きて・・生きていたのか、五右衛門!」

ああ、そうだ、やつは生きている。
やつでなければ、こんな方法で殺人などできるはずもない。
そうか・・そうか・・やつは生き延びたのか・・・
とすれば、残っていた死体はおのずとある一人のものとなる。
・・・・かわいそうに・・・・
やつが生きていると信じ続けている哀れな男の姿を思い浮かべる。
安心しろ・・・そんなことは絶対に言わないから・・・・
お前は今までどおり、やつが生きていて、いつか迎えに来てくれると信じていればいい・・・・
おとなしく俺の脇で、それを待ち続けていればいいんだ・・・
俺は笑いながら、立ち上がった。
たとえそれでも、厄介な目はつんでおいたほうがいいからな。




家に帰り、出張の用意をする。
その姿を興味もな下げに次元は見つめていた。

「二三日、留守にするから」
「・・・なんで・・・」
「ちょっとした捕り物だ」
「・・・ルパンか・・?」
「いいや、違う。・・ああ・・でも、やつもかかわっているのかもしれないな・・・」

その言葉に次元の目が輝く。

「・・・・どこに行くんだ?・・・なぁ・・どんな・・・事件なんだ?」
「帰ってきたら教えてやる」

その言葉に次元はうれしそうに頷いた。俺がルパンたちを逃がすと思い込んでいる。

まぁ、いいさ・・・・

次元の期待に満ちた目を背に、俺はその部屋をあとにした。




やつがどこにいるかなんて、すぐにわかる。
何しろ何年もやつらのことを追っかけてきたのだ。
やつらのアジトのほとんどは俺の頭の中に入っていた。
そしてやつらのプライベートルームも・・
向った先はもちろん、五右衛門のひそかな隠れ家とも言うべき場所だった。
やつはいつものように石の上にぴくりとも動かずじっとただ座っていた。

「・・・・久しぶりだな」
「ああ」

わずかに上げた眉が、いぶかしげに俺を見る。

「・・・よく・・・ここがわかった・・・」
「お前たちのいる場所はすぐにわかる」
「そうか・・」

ふわりと風に髪がなびく。
真っ黒で長くてきれいなその髪。

「・・で・・・何用だ?」

五右衛門の問いかけに、俺はにっこりと笑った。
そして次の瞬間にはやつに向って銃を発射させていた。
だが、五右衛門の動きはすばやかった。
俺の向けた銃を一瞬にしてはじくと、俺に向い飛び掛ってくる。
それを避けつつ、銃を撃ち、やつの眉間を狙う。
・・・妙だ・・・
弾がひとつ、わずかにやつのほほを課する。
・・・そんな・・
銃弾に刀がはじかれる。
驚いた表情を浮かべた五右衛門・・・
・・・・はずはない・・・・
獲物を持たない標的に、銃の標準があう。
・・・・・馬鹿な・・・・
発射された弾が、やつを襲う。


体が二つに割れた・・・・・


「・・・・まさか、問答無用で撃ってくるとはね・・・」

高い木の枝にぶら下がりながら、にやりとその猿は笑った。

「・・・・・・おまえ・・・」
「生きてたよ」

ひらりと地面に降り立ったその男は、格好をつけるように短い髪を撫で付ける。

「俺がね」
「・・・・とすると・・・あの死体は五右衛門か・・・」
「そうなるね」

ゆったりとした表情でいたずらっぽい笑みを浮かべたその男。
慣れ親しんだ表情を浮かべる男の顔を見つめる。

・・・・・・・俺の天敵・・・・・ルパン三世・・・・

「・・・・・ずいぶんと長いこと行方不明だったじゃないか。何かろくでもないことでもしてたのか?」
「んなわけないでしょ。ただたんに、傷の手当てをしていただけさ」
「ほう・・・・あの島で・・・か」
「そう。参っちゃったよ。怪我なんてする予定もなかったのに、あんたが追っかけてくるのが早すぎてさ」
「・・・悪かったな」
「ああ、おかげで、次元も五右衛門もいなくなっちまうし」

わざとらしく俺に罪を着せるような言葉をいい、ルパンは笑った。
胸ポケットから出したタバコの箱。見慣れた文字。取り出すしぐさ。どれを採っても俺の知ってるルパンだ。

「・・・・わざとだろ」
「何が?」
「・・・五右衛門」
「・・・何のこと?」
「ふざけんなよ・・・五右衛門がそう簡単に死んじまうわけがない」
「・・・・・・・・へぇ・・・じゃ、俺がなんかやったとでも?」
「違うか?何か仕掛けて、やつを消した。そうなんだろ」
「・・・・なんでそう思うわけ?」
「次元が生きていたから」
「・・・・・・」
「助けようと思えば、五右衛門だって助けられたはずだ。それをしなかった」
「・・・しようとしたよ」
「ほう・・どうやって?」
「言ったろ?あんたが来るのが早すぎたって。やつのことを回収する前に、あんたは来ちまった」
「・・・死体をか?」

見つけたときの姿・・・・醜く青く膨れ上がった・・・あの姿・・・・

「・・・・・・あそこには俺の研究所がある。おそらく世界一すすんだ技術を持ってる場所がね」
「入り口は見つけられなかった」
「ああ・・・やつをそこで再生するつもりだった」

再生・・・その言葉に思い当たる。

「クローンか?」
「ああ・・・・最近やつは俺に逆らうことが多くなってきてたからね。ちょうどいい機会だから、やつをリセットしてやるつもりだった」

・・・・・・まるで人間を機械のように・・・・

「もっと俺に従順な使い勝手のいいやつにね。なのにあんたが来ちまった」
「・・・で?やつは今?」

ルパンはその言葉には答えなかった。
ただ、ちょっとだけ肩をすくめて見せただけ。

「・・・でも、俺がしようとしたことよりもあんたがしたことのほうがひどいと思うけど?」
「どういう意味だ?」
「あんた・・・悪くない次元の腕を切ったよね」
「・・・・あれは、壊疽してたんだ。船から下りたときの怪我が元で」
「切るほどじゃなかった。医者には聞いてるよ」
「・・・・医者がいえるはずはないがな」
「カルテを見たんだ。あんたはあの医者も口封じしちまったからね」

どうやら、こいつはいろいろなことを調べてから来たらしい。
・・・・・ああ・・・そうだ・・・・・
俺は悪くもない次元の腕を切った。手当てをすれば治る程度の傷なのに、無理やり壊疽してると思い込ませてね。
逃げられないように、俺の庇護なしでは生きれないように。
本当は足も切りたかったところだったが、さすがに医者がためらったのだ。
・・・俺の言うとおりにしていれば、もう少し長生きが出来たのに・・・

「・・・そんなに欲しかったんだ・・・あいつのことが」
「・・・・・・・」

つぶやくようにルパンは言った。
ああ・・・そうだ、俺はそうまでしてでも、まともな体じゃないとしてもあいつが欲しかった。
そしてそれは・・・お前も同じだろう?ルパン・・・・
お前はおそらく別の人間として暮らし始めるつもりだった。
お前の顔はどうせ偽物。いくらでも造り替えが聞く。
一度自分と仲間を殺しておいて・・・・新しい生活にリセットするつもりだったんだろう?
俺が来なければ。

「・・・でも、残念だけど返してもらうよ。あいつは俺のものだ」
「ふん・・やつはもう、お前の役には立たないぜ。何せ腕がないんだからな」

ちっちっ・・・というように、ルパンは俺の前で指を振って見せた。

「クローン技術って言うのはさ・・・なくしちまったからだの一部を再生するコトだって出来るんだぜ」
「・・・・・」
「まったく心配ないね。あいつは元通りの体で俺のところに戻ってくる」

口元に・・・・
大きく広がる勝者の笑み・・・・
・・馬鹿な・・・・馬鹿な・・・・
俺は無意識にやつに銃を向けていた。
だけれども・・・・


「・・・・・怖いよね・・・金ってさ・・・・あんたの腹心の部下でさえ裏切るんだから・・・・」


崩れ落ちた俺の目に、銃を持った部下の姿が見えた・・・・
おまえが・・・・
ルパンにすべてを教えたのか・・・・・





「ルパン・・・・」

甘ったるい次元の声。
違うだろう?呼ぶのは俺の名前だ。その名前の持ち主はもうとっくに死んだんだ・・・・

「ルパン・・ああ・・・ルパン・・・」

絶え間なく呼ぶ声。濡れた様な音。
何をしているんだ・・・え?俺はここにいるのに・・・・

「・・・待ってた・・・お前が来てくれるのを・・・」

切実な歓喜の声。
俺はわずかに眼を開く。
目の前には見慣れた次元の姿がある。
だが、その体を支えるように持っているのは・・・・・

「ルパン・・・・」
「ああ、銭さん、目が覚めた?」
「・・・・・次・・・」

俺がかけた声に次元はまったく反応しなかった。
ああ・・・もうやつの目には、ルパンしか入っていない・・・・

「ルパン・・ルパン」

その名を呼び続け、そしてやつに体のすべてを預ける。

「次元!」

俺は叫び、手を伸ばす。
やつの体を押さえつけ、いつものように俺という存在を思い知らしめるために。
だが・・・

「・・・ぇ・・・」

伸ばすはずの両手がなかった。
歩むはずの足も・・・

「・・・・な・・・」

次元の柔らかな髪をなで、その唇をついばんでいたるパンがにっこりと笑う。

「ごめんねぇ、やりすぎちゃったみたい」
「・・な・・・に?」
「いやさぁ、銭さんが次元の腕切ったじゃん。そしたら具合がよくってさぁ」
「・・・・・」
「せっかくだから、銭さんもっ・・・と思ったんだよね。ないほうが具合がいいかと思ってさ」
「・・・」

無邪気な子供のような口調で・・・
ルパンは俺の手足を切ったといった・・・・

「あんまり具合よくないねぇ・・・次元ぐらいがちょうどいいや」

そういわれて・・・
次元を見た。
俺のところにいたときと一緒で・・・・
腕のないやつを。

「・・・直すと・・・言わなかったか」
「そのつもりだったけどさ、言ったでしょ、具合がいいって」

優しく次元の頭をなでながら・・・・
くつくつと笑う。

「次元もこのままでいいって言うからね」

やつが逆らうはずがない・・・・
ずっとずっと・・・・待っていたのだから・・・

「ああ、心配しなくていいよ。ちゃんとあんたも飼ってあげるからさ」

呆然としている俺のことを見ながら、ルパンはそう言った。

「うれしいでしょ?こいつと一緒なら」

ルパンの膝の上で
微笑みながら俺を見る。

「一緒に・・・飼ってあげる」

本当はもっと長くてひどい話でした(エロ描写も細かく・・・)。
なかなか書き続けることができなかったので、ずっと没・・・・
で、最後の最後なので、未完といえば未完なのですが、
出してみます。
こんなひどいものを書きたかったんだ・・・
変なやつ・・と、思ってくださいませ・・・

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